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古いイセキトラクターの速度操作レバーは、金属疲労のせいでもう2回ほど中で折れてしまい、その都度、臼田のノーベルさんで溶接してもらっている。

前回折れたときに、部品が出てくるような代物じゃないし、もう次はないかもしれん旨の注意を受けていて、シフトチェンジの度に少しハラハラする。うちのトラクターは、古いせいか、シフトチェンジの度に、若干レバーに嫌な振動が来る。この蓄積がいつか致命傷になるのがわかっている状況だ。ちなみにトラクターの場合、ちゃんと停まってからシフトチェンジしないとすごい抵抗があって、レバーにかなり負荷がかかる。急いでいるときなどに、停まりきる手前でガチャっと弄りたくなってしまうのが人情で、クラッチ外せばシフトできる乗用車とは構造に違いがある。


今月の月初めに買い替えることになった古いノートPCも開閉部側の右隅、キーボード方面が、おそらくネジがバカになって圧着できなくなっていたのだろう、開閉時の力のかかり方がテコの原理で増幅し浮いてしまい、少しづつその浮き上がりというか、そり上がりというかが進行していって、ある時まず、画面がブラックアウトした。慌てて他のモニターに繋ぐと中身が無事なことがわかって、でもそれだと当然不便なのでどしたものかほい。グイグイ浮き上がりを押さえつけたら、モニター復活。叩いたら治った的なあれで接触不良な感じ。ゴリラテープでその反り上がりをむりに抑えつつ、開閉時には右隅を必ず押さえつけて、これ以上、反り上げが進行せぬ様、キツく我が脳内にこの動作を忘れぬ様申し付け、ノートPCどのとのお付き合いに関するセットリストの最上段に書き込んでいた。ちなみにリストのほかの項目には、キーボードはなるべく優しく打たんとバカになる。としか書いてないけれど。


うちのプレハブ冷蔵庫も10年目を迎えて開閉部の嚙み合わせが微妙にずれてきている感があり、気持ちドアを持ち上げ気味にして操作しないと締まりがちょっと怖い。

スパイダーモアはエンジンのかかりが悪く、チョークの位置に工夫がいる。

チューブ回収機のノブのプラスチックカバーが完全にイカれているので、無くさないように気を付けて運ぶ。

コンテナの真ん中に座るとデブ発見器になる。

etc...


こういうリストは微増していくものなのだろう、資材は劣化し、痛い目を見る経験は蓄積され、肉体も劣化していく。

うちの場合、生産は複雑化し、経験とともに気を付けたいポイントは増えていき、自分の中に蓄積されたremember to doリストはどこまで伝えるべきなのか悩む。その小さいことが気になるのは、確かに人間が小さいからだという罵倒は受け入れるがしかし、痛い目にあっているからなのだ。けれども、そういえば痛い目に合うまでは腑に落ちなかったという真理も存在している気がする。その一方で思い込んでいる事柄もあり、稀人来りて破壊してもらうこともあり、リストは日々微妙に書き換えられつつ、忘却に晒されてサラサラと砂の城が流れるように崩壊もしている。



冷え込む朝。

学生のころ左巻き込みでひびの入った右足小指が疼く。

子供たちが朝食を食べている隙に一服していると冴えた空気の向こうで野焼きの煙が冷えた風にゆたりゆたりと伸びて消えていく。

「けむりが、こう、ね。」

あれはなんのセリフだったか。

そうだ

ドライブインカリフォルニア

松尾スズキ。

けむりが、こう、のぼって、消えていった。


2025/10/21


















































































































































































































































































































































































電柵しているにもかかわらず鹿の餌場になってしまったインゲン支柱の3アーチ目が壊滅的なせいで、9月中旬から10月頭の端境期の苦しさがマシマシ死ね鹿バカ鹿。鹿馬鹿鹿鹿。


42mの長さがとれるその畑はうちが利用している中では比較的広い。今年の畑の設計では3アーチしかインゲンを作付ていない。そいつを5月24日蒔きから7月17日蒔き最終の6回戦に分けて、順次定植していったわけだが、その1/3が壊滅的ってどういうことだよと思う。

その上の畑でフェンネル採りながらふと、もうとっくに収穫を終えて乾燥豆を吊るしている状態の初めのロット、つまり1アーチ目。その一部が妙に青々しているのに目が引かれる。秋縞いんげんだ。とっくにケンタッキーが死んでいるにも関わらず、弦は頑強でまだ少しづつ実をつけていること自体には気づいていた。試しに入ってみると意外と採れる。出荷でバタバタしている日なのについ見入って夢中になってしまう。もうとっくに乾燥豆を着けている、本来なら死んでいてもおかしくない弦だ。しかしこれはと思う。若弦に勢いがある。再生しているのかなんなのか、老の花って感じでもない。そういう生態なのか?実をつけ子孫を残しても本体がそこまで弱らないのか?タイミングと肥料養分の関係?いづれにせよ生殖成長を完全に終えるどころかその実が風乾してさえいるところまで生育ステージが進んでいてもなお、栄養成長をそこそこの強さで続けている事実に驚きと感動がある。食いもん(売りモン)見つけたぞーという、今年のこの苦しいボロボロの畑の中での感動にうちふるえる。江戸時代ならおれ泣いている。400g弱ほど採れ、ありがとう秋縞と呟く。…これで生活している専業農家とはとても思えない。冷静になるとただただ惨めだ。でもこれがヨロコビだ。栽培の枠を外れたケアのさらにその先で生命の輝きに出会ってしまった。


うちは冬の出荷物が欲しい事情があって、乾燥豆も採りたい。4ロット目までは乾燥豆としても取る関係で、白インゲンだけだと寂しく、今年はウズラマメを定植しており、それが5年ほど前から自家採種で繋いでいる飛騨秋縞だ。今年は5/24蒔きの1ロット目を秋縞と、丸さやいんげんで病気に強いケンタッキーで半々にしていた。ただ、採れ始め7月下旬の段階ではこの秋縞の栽培は失敗だなと思っていた。

 秋縞というだけあり、本来は9月採り以降のものなのだろう、春蒔きの早い時期の栽培は葉の茂りが過多になりがちで実付きが悪く、まさにその名の青紫の縞があまり入らない。おそらく少し涼しくなる時期にアントシアニンが働くのだろう。あと葉が茂りすぎて太陽光が当たりづらいということも関係するのだろう。ただ秋栽培にも欠点があって、この高齢地だと乾燥豆を取る段階まで生育が進まず種が継げない。だからどちらかといえば、乾燥ウズラマメを取るための作付けで、7月も数回収穫に入ったが、その後は実を太らせることにして若さや収穫は諦めていた。もちろん、収量が見込めれば採りたかったのだが、7月上旬の段階では収量がかなり微妙だったし、縞がうっすらと浮くていどの薄縞いんげん。播種ミスか採取ミスを疑うほどで間抜けな感が否めず失敗だなと。

 もともとはインゲン系のスタートはモロッコインゲンだった。炭疽病に弱いモロッコインゲンのそのリスクが小さい時期は5月蒔きのスタートのタイミングで、秋縞よりは時期が適している。それ以降を炭疽病耐性の強い丸さやのケンタッキーに移行する。秋縞はスリーシスターズで細々繋いでいるのみだったが、モロッコで採る乾燥豆はあまり美しくない斑紋豆になってしまう。ここ数年なんとなくほそぼそ種を繋いできた秋縞であったが、病気に強いなという印象もあった。

この秋縞に出会うまでには紆余曲折があり、当初はイタリア品種のborlottiを栽培していた。ところがなんせ炭疽病に殺られる。3,4年粘って種だけ継いだがことごとく毎年罹患する。イタリア料理や食材に係わってきた自分の人生にとって何か諦めきれず残念に思う気持ちが勝っていた3年ほどであったが、自分が今ここの風土で愛でていけるものではなかったのだと諦めることにした時、固定種のウズラマメで出会ったのがこの秋縞だった。さやの青紫の縞が美しく、うずら豆の文様も非常に綺麗で、ときおり発現する真紫の豆は色つやに気品があり、その名前の響きもきれいだと思った。飛騨秋縞。強く美しくここに合っていて美味しい。2025年今年、君に救われたことを忘れないだろう。


一方で来季以降お別れすることになる作物もある。

花豆とインカの目覚めの二人。

花豆には強い思い入れがある。好きでいてくれるお客様も多い。

しかし暑さで本当に採れなくなってきてしまった。温暖化の影響と断定してしまってよいだろうと思う。名古屋の田代さんが好きで毎年必ず送っていた。昨年お店をお閉めになってしまったけれど、お伺いしたときのことを思い出す。とても魅力的な人だった。種もずっと自家採取でつないできたもので途切れさせるのは忍びない。しかし手数も減るなかで割ける労力もない。潮時とせざるを得ない。

インカのめざめも用意した自家採取の種イモより、収量のほうが少ない有様だ。もうどうしようもない。やりようはあったんだけれど、これも手数をその時期に割ける様子が描けなくなってしまった。種イモの販売が絶えてしまう可能性のある品種でもある。本当に収量が少ないから作り手がどんどん減っているようなのだ。だが、おそらく病気もくらっていたのだろう、種芋を継ぐことすらできない条件では、そもそも彼を繋いでいく資格が俺にはない。

8年ほど繋いできたが、販売できた年は3,4年のみで他は種を繋ぐことしかできずに徒労してきた。諦めることでその徒労を慰めようと思う。


環境の変化はかなりあると思う。それに適した出会いもある。サツマイモがおいしい。

来年はどうしようか。計画を夢想し始める時期にも、いまある。



2025/10/2の深夜に書ききれなかったものを今日。10/15









麦わら帽子を深く被った男が朽ちて葛に侵食されたプールサイドに佇んでいる

秋の夕日はオレンジの照明を当て、水面のゆらめきを微かに男に映す

舞台は古い学校のプール。仕切りに使い古されたビニールシートが一枚。流木がオブジェのように置かれ、観る側の向かいのプールサイドに椅子が一つ。


重低音や幻想的な音が響き、男のパフォーマンスは行われる

このプールで踊りたいという男の希望があったと、聞いてしまっていたので、いつプールにはいるのだろうと好奇な期待が先行してしまう。

刈払機のエンジン音。刃が石を当てるカンカンした音が聞こえている。装置の外のノイズ

だが、男のゆったりとしたパフォーマンスを観ているうちにノイズはキャンセルされて、記憶を刺激され、クロスオーバーする感覚になる。随分むかしにいくらかのパファーマンスを観てきたせいだ。山海塾…桃園会…維新派…太田省吾…ゴドーを待ちながら…3月の5日間…


流木のような木を一つ拾い上げた男がフェンスでカンカンと遊ぶ

と、ついに水に入るが、転ぶ。動かない男。

時間の経過が不安をもたげるころ、少女が向かいのプールサイドにあらわれ、据え置かれていた椅子の横で男をみつめる。

少女はゴドーさんは今日は来ないけど明日は来ますみたいなことは言わない。

その代わりに、椅子をバシャっとプールに投げて去っていく。

おれはあるワークショップで少年をやったことがある。ポッツォがちょっと近づいてきやがったので、ごっつい引きながらセリフを喋った。っていうか俺がゴドーなのか?いや会いたくないでしょそこのふたり組には。と思ったのだった。その時その場所そのキャストその芝居でなら。

椅子の落下の後、男は再び動き出し、フェンスのビニールシートをたぐりよせる、やはり遊んでいるように見える。水を含んだビニールの重さにアンカーがあり安心する。きっとそのプールはすごく滑るから。

落ちた椅子を隠すかのようにビニールシートでぐるぐると巻き、プールの角に押していった。

男は流木のような木製の小さな帆船を手にしてプールに浮かべ、空に浮かべ、プールをでて奥へと帰って行った。そのちいさな帆船は目を引くオブジェで、どんどん淡くなっていく夕日の、だが強さがありよく刺してくれる強い陽の光の偶然によく映えた。


プールサイドに残された青いビニールシート巻きの椅子は、黒沢清の蜘蛛の瞳のラストを思い起こさせた。陽の光と風の中、カカシをミイラに青く巻いたようだった。それが不吉なもののように思うのは、おれの心理がそう傾いているからだろうけれど。


ここで踊りたいと、演じてくださった方が挨拶をされて、終演になった。

投げ銭というはなしだったのだが、無料でとなってしまった。すばらしかったので、申し訳ない気持ちだったが部外者感もあり、妻に18:00までに帰ると言ってしまったのもあり、早々に引き上げた。


最後あいさつを聞きながら、ninoheronのhellloが脳裏によぎり、帰りの車で聴いて帰った。PVの舞台の雰囲気がなんとなく今日の舞台に似ている。


はにかんで

タイムスリップ

いつかはねって

笑った

ninoheron 『hello』より



素晴らしかった。


クローズドの、この一回だけのパフォーマンスを記録しておこうと思い褪せる前に書いた。

パファーマンスされた方

企画された若松夫妻

感謝。


2025/09/28



















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